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2008年の第37回神楽坂まつりは、新宿区の夏の風物詩として多くの人々を魅了し、地域の伝統と賑わいを象徴する イベントとして大いに盛り上がりました。まつりは7月23日から4日間にわたり開催され、前半の23日・24日は 「新ほおずき市」、そして後半の25日・26日にはクライマックスである「阿波踊り大会」が行われました。阿波踊りは 東京都内の各地で催されますが、神楽坂での開催が最も早く、夏の訪れを告げる祭りとして知られています。 25日の東京の気象状況は、午後7時時点で気温27.9度、湿度74%、風速4.0m/s、東の風、空は曇りでした。蒸し暑さが 残る中でも風が適度に吹き抜け、坂道に立ち並ぶ提灯の明かりを揺らしていました。曇天ながらも雨は降らず、まつりの 開催には恵まれた気候といえます。気温が下がりきらない夜の空気の中、神楽坂の通りは浴衣姿の観客と踊り手たちの 熱気に包まれ、まさに「江戸情緒と夏の情熱」が交錯するひとときとなりました。 阿波踊りは、26日の午後6時に「子供阿波踊り大会」から始まりました。地元の小学校や幼稚園の子どもたち、約1000名が 参加し、小さな手足を一生懸命動かしながら「ヤットサー!」「ヤットヤット!」と元気いっぱいの掛け声を響かせました。 沿道には多くの観客が集まり、子どもたちの愛らしい踊りに拍手が絶えませんでした。世代を超えて地域の伝統を受け継ぐ 光景は、神楽坂まつりの象徴的な場面のひとつです。 その後、午後7時になると「大人阿波踊り大会」がスタートしました。神楽坂通りの坂下から坂上へ、また赤城神社前から 坂下へと、二方向から同時に踊りの列が流れ出しました。提灯の灯りが揺れる通りに太鼓や笛の音が響き、観客の歓声と ともに坂全体が揺れるような熱気に包まれました。地元商店会や周辺企業、高円寺からも多くの連が参加し、合計で17の 連が登場しました。 なかでも、新宿区役所の職員によって構成された阿波踊り愛好団体「つつじ連」は、毎年恒例の参加であり、その統率の 取れた動きと躍動感ある演舞が観客を惹きつけました。また、だむだん連や天狗連、いろは連(高円寺)、北の御門連、 第一勧信連、宝船連(三鷹)など、各地から集まった連がそれぞれに個性を発揮し、華やかな衣装と力強い踊りで 神楽坂の坂道を彩りました。 この年の阿波踊りは、曇り空の下でも観客の熱気が冷めることはなく、通りに面した店先からも拍手や声援が絶えません でした。特に両側のビルの壁が音を反響させることで、太鼓や鉦(かね)の音が一層響き渡り、まるで通り全体がひとつの 舞台となったようでした。浴衣姿の外国人観光客も多く、神楽坂ならではの国際的な雰囲気が加わり、伝統の中にも 現代の多様性を感じさせる祭りとなりました。 神楽坂と阿波踊りのつながりは、江戸時代に遡るといわれます。徳川家光の時代、牛込見附の築造を徳島藩が担った ことから、この地と徳島の縁が生まれたとされます。徳島発祥の阿波踊りが神楽坂で開催される背景には、こうした 歴史的な絆があるのです。まつりの運営関係者である齋藤氏は、「神楽坂の歴史と文化を感じながら、このまつりを 通して地域の絆を深めていきたい」と語っています。 第37回神楽坂まつりは、伝統文化の継承と地域の活性化を見事に両立させた催しでした。曇り空の下でも熱気に満ちた 踊りの輪が広がり、観客の歓声が夜の坂道に響き渡りました。神楽坂阿波踊りは、単なる夏祭りではなく、街の歴史、 文化、そして人々の心を結びつける象徴的な行事として、今も新宿の夏を彩り続けています。


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