ここにYouTubeのiframeが出力されます

ここにQR画像用のimgタグが出力されます


  


ここにYouTubeのiframeが出力されます




2011年の第40回神楽坂まつりは、東日本大震災からわずか数か月後に開催された特別な年の祭りでした。 被災地への思いを胸に、「がんばろう!日本」をテーマとして掲げ、地域全体が復興への希望と支援の心を込めて 準備を進めました。神楽坂商店会では、震災直後の電力不足や計画停電への懸念、安全確保、社会情勢などを慎重に 検討したうえで、「困難な時こそ地域が元気を発信し、社会貢献につなげるべきだ」との意見が多く集まり、開催が 決定されました。節電のために通常の水銀灯をナトリウム灯に切り替え、照明を控えめにしながらも温かい雰囲気を 演出しました。また、義援金の送付や募金活動、ほおずき鉢の売上の一部寄付、被災地関係業者への屋台スペース 無償提供など、祭り全体を通してチャリティーの精神が貫かれていました。 2011年の神楽坂まつりは、7月20日から23日までの4日間開催され、前半の「ほおずき市」に続いて、後半の2日間には 「阿波踊り大会」が実施されました。阿波踊りは、神楽坂通りを舞台に、地元有志の「かぐら連」をはじめ、高円寺や 浜松などから約20の連が集まり、坂下から坂上へ、そして赤城神社方面から坂下へと同時に踊り進む形式で行われました。 通り全体が舞台と化し、街中に太鼓や鉦の音が響き渡る様子は、震災の影響を乗り越えて開催されたことの象徴ともいえる 光景でした。 7月22日(金)の「おとな踊り大会」は、午後7時から9時にかけて開催され、当日の東京の気象状況は、気温21.5度、 湿度55%、風速4.7メートルの北東の風、そして澄み渡る晴天という比較的過ごしやすい夜でした。夏としては涼しさを 感じる気温の中、神楽坂通りには多くの見物客が集まり、沿道を埋め尽くしました。祭りの開始とともに、「ヤットサー」 「ヤットヤット」の威勢のよい掛け声が響き、鳴り物のリズムに合わせて各連が一斉に踊り始めました。先頭を飾る かぐら連を皮切りに、天狗連、寶船連、東京厚生年金病院連、あずさ連などが次々と登場し、それぞれの個性あふれる踊りを 披露しました。男性踊りの力強い足さばき、女性踊りの優美でしなやかな動きが交錯し、観客の拍手が鳴り止みませんでした。 翌日の7月23日(土)は、午後6時から「子供阿波踊り大会」が行われ、津久戸小学校や愛日小学校、江戸川小学校などの 児童や園児たちが元気いっぱいの踊りを披露しました。幼い踊り手たちは、一生懸命に練習した成果を見せるように、 一歩一歩リズムに合わせて踊り、観客からは温かい歓声が送られました。続いて午後7時からは再び「おとな踊り大会」が 開催され、気温は24.7度、湿度70%、風速2.8メートルの北東の風、曇り空の下で行われました。前日よりもやや湿気が 感じられる空気の中、阿波踊りの熱気が街全体を包み、神楽坂の石畳に太鼓の音が反響しました。 この日の参加連には、前日にも登場したかぐら連、つつじ連、だむだん連、鳳連などに加え、目黒銀座連、堀切あやめ連、 デンマーク・イン新宿輝寿連、駒沢病院リハビリ連など、多彩な団体が参加しました。特に、地域の企業や医療機関の連も 多く見られ、地元の連携と支援の輪が広がっていたことが印象的でした。踊り手たちは、節電でやや照明が控えめな通りを 自らのエネルギーで照らすかのように舞い、復興への思いを体で表現していました。阿波踊りの一糸乱れぬ群舞が続くたび、 観客の心にも前向きな力が湧き上がるようでした。 2011年の阿波踊り大会は、約5万人の人々が訪れたとされ、復興支援の意識を持ちながらも、人々の笑顔と活気に満ちた 時間となりました。商店会の「無理せず、しかし止めず」という姿勢が実を結び、神楽坂の街に希望の灯がともされました。 節電と自粛ムードが全国を覆っていた中で、神楽坂の阿波踊りは「前へ進む勇気」を象徴する祭りとなり、伝統文化の力が 人々の心を明るく照らした貴重な夏の記憶となったのです。


ここにQR画像用のimgタグが出力されます




旧ホームページ


神楽坂まつり





みんなのアルバム