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2025年5月10日、東京都心を舞台に、日本三大祭の一つに数えられる神田祭の中でも最大規模の神事である「神幸祭」が 盛大に執り行われた。この神幸祭は、神田明神の御祭神である三柱の神々を乗せた鳳輦と神輿が、氏子町会を巡行し町々を 祓い清める祭礼である。朝5時過ぎ、神職や奉仕者によって神輿庫の扉が開かれ、神輿と鳳輦が境内正面に据えられる 「御鍵渡しの儀」で一日は幕を開けた。続く7時20分頃には「発輦祭」が執り行われ、関係者らが列席して無事な巡行を 祈願。木遣りの声が響く中、行列は出発し、総延長約30キロにも及ぶ道のりを進んだ。 神幸祭の行列は、三基の御神輿・鳳輦を中心に、諫鼓山車、獅子頭山車などが連なり、神職、鳶頭、装束をまとった 供奉者らとともに東京都心を巡行した。午前10時頃には大手町の将門塚にて「奉幣の儀」が、午後1時20分頃には 日本橋両国旧御仮屋にて「昼御饌」がそれぞれ厳かに執り行われた。その後、神田祭の見どころの一つである 「附け祭」の行列が合流し、行列はさらに賑やかさを増した。午後4時20分には日本橋三越本店前にすべての行列が揃い、 見物客にとって最大の見せ場となった。続いて秋葉原中央通りでは、国内外からの観光客の目を引く華やかな巡行が行われた。 最終的に18時20分頃、神田明神に帰着し、「着輦祭」が執り行われ、神幸祭の全行程が締めくくられた。 鳳輦・神輿には、それぞれ異なる神が乗せられている。一の宮鳳輦には大己貴命(だいこく様)が乗り、縁結びや国土経営の神 として崇敬を集める。昭和27年に新調され、今回も威厳をもって巡行した。二の宮神輿には少彦名命(えびす様)が乗せられ、 昭和48年に日本橋三越より奉納された神輿が使用された。近年の修復を経て、美麗な姿を保っていた。三の宮鳳輦には平将門命 (まさかど様)が祀られ、昭和62年に復元調製された重厚な鳳輦が使用された。 神幸祭を彩る行列の中でも、「附け祭」の存在は特筆すべきである。これは江戸時代から続く仮装行列で、時代を映す趣向を 凝らした出し物が揃う。2025年には「花咲か爺さん」「浦島太郎」などの昔話を題材にした曳き物が参加し、子どもたちを 含む多くの曳き手たちが沿道の観客を楽しませた。また、相馬野馬追の騎馬武者行列が福島県南相馬市から特別参加し、 勇壮な騎馬の姿を披露した。茨城県坂東市からは「坂東武者行列」が平成6年以来の登場となり、将門公にゆかりある 甲冑姿の武者が街を練り歩いた。東京藝術大学の学生による「獏」曳き物やサンバチーム、自分結い大江戸和髪学会、 銭湯文化をテーマとした銭湯山車など、現代の附け祭も多彩な顔ぶれを見せ、祭列に独特の活気を加えていた。 神幸祭を支える陰の存在としても注目すべき点がある。神輿庫の鍵を管理し、鳳輦・神輿の取り出しや納めを担う「宮鍵講」、 行列の警固を担当する「御防講」は、いずれも神田明神の伝統を受け継ぐ奉仕団体である。また、山車の中でも特に歴史的価値 のある諫鼓山車は、だいこく様とえびす様を乗せた山車で、江戸の平和を象徴するものとして巡行を担った。獅子頭山車もまた、 邪気を祓う役割を担い、祭列を守護した。 この日の東京都心は、朝から雨が降るあいにくの空模様だったが、平均気温は18.8度、最高気温は21.9度と過ごしやすく、 午後には曇り空へと変わった。湿度は高く平均96%に達したが、風速3.5m/sの南南西の風が吹く中、神幸祭の行列は終日予定通りに 巡行され、令和7年の神田祭は無事に幕を下ろした。神と人、歴史と現代が交差する一日となり、東京都心は祭礼絵巻のごとき 華やぎに包まれた。


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