ここにYouTubeのiframeが出力されます

ここにQR画像用のimgタグが出力されます


  


ここにYouTubeのiframeが出力されます



2011年8月27日、東京の夏を代表する風物詩である隅田川花火大会が、例年より1カ月遅れで開催された。この年は、3月に発生した 東日本大震災の影響により、多くの夏祭りや花火大会が中止となった中での開催となり、大きな注目を集めた。当初は、 震災の影響により警備態勢が整わず中止も検討されたが、「こういうときこそ開催すべきだ」との地元住民の声に支えられ、 延期という形で実現したものである。 会場は例年通り、墨田区と台東区にまたがる隅田川沿いの2カ所に設けられ、約2万発の花火が夜空を彩った。観客数は約90万1千人と、 前年よりも5万人ほど少なかったが、それでも日本最大級の規模を誇る大会であったことに変わりはない。大会は午後7時すぎに開始され、 最初に打ち上げられたのは「東日本大震災復興祈願 被災地へ贈る 追悼手向けの花」と題された約1100発の花火であった。 この花火には、震災で命を落とした人々への追悼と、被災地の復興への願いが込められており、打ち上げの瞬間、会場からは大きな 歓声が上がった。 花火大会の冒頭に込められた祈りのメッセージだけでなく、この年のプログラム全体にも復興支援や希望のテーマが色濃く反映されていた。 花火コンクールには10の花火業者が参加し、それぞれが趣向を凝らした作品を披露した。野村花火工業は「夜空の祈り」と題して 光の千羽鶴を表現し、信州煙火工業は「桜花に込める希望の光」で被災地への想いを桜に託した。また、山﨑煙火製造所は 「幸運の四つ葉のクローバー」で、日本中に幸せを届けたいという願いを形にした。 さらにこの年は、特別な招待客も注目された。被災地から約300人、都内に避難していた約250人の計550人が花火大会に招待され、 特設の観覧席で花火を楽しんだ。その中には岩手県釜石市の小学生たちの姿もあり、彼らにとっては貴重な夏の思い出となったに違いない。 こうした特別招待は、被災地への直接的な支援とは異なるが、心の癒しや連帯感を提供するという点で、大きな意味を持っていた。 天候は曇りであったが、気温は25.0度、湿度71%、風速3.3メートルの東北東の風という比較的穏やかな気象条件のもと、花火大会は 無事に開催された。この日の花火を制作した芳賀火工の花火職人は、「花火を見上げて、みんなで前向きな気持ちになろうという思いを 込めて製作した」と語っており、会場の誰もがその思いを共有していた。 1733年の「両国川開き」に起源を持つ隅田川花火大会は、歴史的にも困難な時期に人々の心を支える役割を果たしてきた。関東大震災や 東京大空襲といった国難のたびに中断や変更を余儀なくされながらも、その都度再開され、日本人の再生への意思を象徴する行事となっている。 2011年の大会も、そうした伝統の延長線上に位置づけられる特別な一夜であった。花火は一瞬で消えるものだが、その輝きには確かに 人々の願いと祈りが宿っていたのである。 ほかにも見どころとしては、恒例のキャラクター花火として「ポケモン花火」も登場し、子どもたちを喜ばせた。大会全体としては 例年以上にメッセージ性が強く、単なる夏の娯楽を超えて、社会全体の再生への希望を映し出すものとなった。被災地への連帯と 復興への誓いを胸に、打ち上げられた無数の花火は、東京の夜空を鮮やかに染め上げ、忘れがたい記憶を多くの人々の心に刻んだのである。


ここにQR画像用のimgタグが出力されます




旧ページ


隅田川花火大会


花火


みんなのアルバム