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2010年12月18日の築地は、冬らしい冷たい空気に包まれていました。この日の東京都心の気象状況は、平均気温が8.2度、 最高気温が13.6度、最低気温が3.8度であり、空気は澄んで快晴となっていました。乾燥が強く、平均湿度は45%、 最小湿度は26%と低く、北北西からの風が2.5メートル毎秒ほど吹きつけており、冬の築地の街並みに一層の凛とした 雰囲気を与えていました。そんな中、築地六丁目の路地裏にひっそりと構える鰻の名店「丸静」は、相変わらず暖簾を 掲げ、訪れる人々を迎えていたのです。 「丸静」はもともと鰻の卸を営んでいた歴史を持ち、近隣の名店や老舗へも鰻を供給してきた実績がありました。そのため、 築地の鰻屋の中でも特に知る人ぞ知る存在として知られていました。宮川本廛のように広く名の知れた店と比べると、 規模も場所も控えめでしたが、食通の間では厚い信頼を得ていたのです。築地本願寺の脇道から細い裏路地に入り、 さらに曲がり角をいくつか抜けた先にある店構えは、都会の喧騒から少し切り離されたような趣がありました。周囲には まだ昔ながらの東京の家並みが残り、銭湯や年配の住人の姿も見られるなど、下町の面影を色濃く残す一角でした。 店内はわずか15席ほどの小さな空間で、カウンター7席と4人掛けのテーブルが2卓あるだけでした。壁には相撲の カレンダーが飾られ、居酒屋のような気さくな雰囲気が広がっていました。この規模ながら、昼時の平日には列が できることも珍しくなく、築地を訪れる人々にとっては隠れた名店として根強い人気を誇っていました。2010年12月18日 のように晴れ渡った冬の土曜日は、外の寒さと乾いた風の中から店に入ると、炭火の温もりと鰻の香ばしい匂いが迎えて くれるため、ひとときの安らぎを感じられる場でもありました。 「丸静」の鰻重は「臣」「尊」「王」と段階があり、鰻の枚数によって価格が変わりました。もっとも控えめな「臣」は 二枚の鰻で3,600円程度、そして「尊」や「王」となると三枚、四枚と増えていき、ボリューム満点の豪快な一品に変わります。 特に「王」は四枚もの鰻が重なる迫力ある盛り付けで、東京でも有数の量を誇る鰻重でした。蒸しを軽めにした調理法は、 関東と関西の中間のような焼き上がりを生み出し、ふっくらとした柔らかさの中にしっかりとした歯ごたえが残る仕上がりとなって いました。タレは甘さを控えた醤油ベースで、濃厚ながらも重すぎず、鰻の旨味を引き立てるように工夫されていました。 脂ののりは適度で、胃にもたれることなく最後まで食べ進められるのが特徴であり、冬の冷えた空気の中で食べると、 身体の芯から温まるような力強さがありました。 また、この店の大きな魅力のひとつは、鰻だけでなく大将の人柄にもありました。テリー伊藤氏と同級生であるという 大将は、築地の昔話や芸能人の来店秘話などを気さくに語ってくれる存在でした。江戸時代の築地の成り立ちから戦後の 変遷、そして市場と共に歩んできた町の歴史など、多彩な話題を交えてくれるため、食事の時間は単なる食事にとどまらず、 築地の文化に触れる時間でもあったのです。2010年の冬も、その語り口は変わらず、訪れる人々に温かいひとときを 提供していました。 2010年12月18日の快晴の一日、乾燥した澄んだ空気と冬の低い陽射しに照らされる築地の町並みの中で、「丸静」は 路地裏に灯る小さな暖かな場所として存在していました。名だたる鰻屋が並ぶ東京の中でも、特別な派手さを持たず、 ただ丁寧に焼き上げた鰻と人情味にあふれる空間を提供するその姿は、下町の食文化の象徴ともいえるものでした。 この後の時代、コロナ禍により惜しくも暖簾を下ろすことになった「丸静」ですが、2010年当時の冬の日々は、 築地に息づく庶民的で力強い味わいと共に、多くの人々の記憶に残り続けているのです。


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